「人を活かす場を創る」使命

使命に至る経緯

NPO法人希望の居場所理事長の前田 省三です。私の使命は「人を活かす場を創る」です。この使命に至った経緯をお話しします。

昭和29年に生まれ、大気は煤煙で汚れていました。小児喘息、結核と幼少期はとても病弱で、親元を離れた療養生活を送りました。そこから独立心が強くなりました。大学を卒業後入った会社が倒産し、25歳で便利屋前田商店を開き、事業を始め、建設会社へと発展させました。

阪神淡路大震災の復興工事などで順調でしたが、驕る心が出てきました。大きな開発行為で失敗し、51歳の時に会社は倒産しました。家族はバラバラに生活しました。

失意の中に四国八十八か所巡りをしました。多くの人に助けられながら、生活基盤を作っていきました。還暦を迎え、残りの人生をどう生きるか自問しました。

これまで生かされてきたのは、多くのおかげ様。感謝にこたえるべく、恩送りしたい。居場所を作って、多くの人に幸せを届けてたい。そうして確信し「人を活かす場を創る」の使命が出てきました。

【使命により生かされている】

60歳還暦の時、一般社団法人まちづくりのシニアコミュニティを作りました。団塊の世代がリタイアした人を社会に活かそうと考えました。コミュニティ誌フレンズを発行し、メンバーを集めました。しかし、単なる飲み食いの会へとなりました。

心機一転、「人を活かす場を創る」の使命に戻りました。当時ビルゲイツなどの海外のTED、また、国内のTEDxなどをYoutubeを見ていました。人を活かす場として、TED形式のプレゼンショーをしたいと思いました。

大阪には独特のおもろい文化があります。様々なアイデアや強みを社会に伝えたいというニーズがあります。平成28年11月5日に仲間を集め、「人を活かす、文化を創る」のコンセプトで第1回1000人文化祭を開催しました。多くのアイデアを集め、その組合せから化学変化を起こし、社会にイノベーションを起こすというプレゼンショーです。1000人という多くの人に共感の輪を広げる場です。足形計測器による100歳までピンピン生きるプレゼンは好評でした。

平成29年10月に第2回、平成31年3月に第3回、令和元年10月に第4回、令和3年3月に第5回、令和3年10月に第6回と、台風や新型コロナで時期の変更がありましたが、毎年1回開催し、多くの方の賛同をいただいています。

令和2年3月には、特定非営利活動法人希望の居場所を作りました。新型コロナで活動は制限されていましたが、徐々に中高年のメンバーが増えてきました。毎週火曜日正午から60歳以上対象にした「おとな食堂」を運営しています。また、おとな食堂のスタッフを中心にした「こども食堂&おとな食堂きぼう」を月1回開催しています。また、フレイル予防として、月2回の健康体操教室も行っています。 現在68歳ですが、「人を活かす場を創る」の使命のもと、様々な活動やご縁がつながってきています。健康に精力的に活動できるのは、使命に生かされているからと信じています。

▼第7回1000人文化祭
【テーマは、明るい未来への提言】

新型コロナ、ロシアのウクライナ侵攻、円安、物価高などで社会は大きく変化しています。多くの人が暗く悲観しています。第7回1000人文化祭のテーマを「明るい未来への提言」としました。

NPO法人希望の居場所の使命は、「人を活かす場を創る」。ひとりも取り残さない地域コミュニティです。大きな社会変化の中、TED形式プレゼンショーの1000人文化祭の「明るい未来への提言】を見て共感して、一人ひとりが未来へ希望を持っていただきたい。そして、一人ひとりが、社会に活かされる相互扶助の社会を作っていきたい。

【収益金は、おとな食堂からこども食堂への基金に】

60歳以上の「おとな食堂」を運営し、そのスタッフから「こども食堂」を開催したいとなりました。相互扶助の社会づくりには、数が圧倒的に多いおとなに生きがいを持ってもらい、こども食堂でこどもと接し、ともに笑顔になる居場所が必要と分かりました。

大阪市都島での経験を大阪の他の地域でも希望の居場所を作りたいと思っています。第7回1000人文化祭で理事長前田が、この件をプレゼンします。相互扶助の社会づくりには、複数の地域でおとなの賛同者を募り、地域に明るい未来を作っていきます。

複数の地域でおとな食堂を開設し、こども食堂を運営するためには資金が必要で、1000人文化祭の経費を差し引いた収益金を基金として活用します。おとな食堂からこども食堂の協力し支え合う活動が、地域社会を明るくし、活性化へとつながります。おとな食堂からこども食堂への基金に更なる協力金もでてきます。



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